『ブラック・ラグーン』から派生して鉱物話。


「うちで出た 鉱石は ルテチウム。  原子番号71、」
 「セラミックの 定着媒体に 使われるんだ。
 スカンジウムや イットリウムも 希土類(ルビ:レアアース)の仲間さ ……どう?」

広江礼威ブラック・ラグーン』1巻124p



ルテチウムといえば、ランタノイド系列の末尾に位置する元素だ。そんなのに用途あったっけ? と思い検索すると、まさに作中のセリフ通りのことが出てきた。なるほどね。なお、ここでいわれる「うち」の土地とはベネズエラである。
次に、ルテチウムを主成分とする鉱物はとmindat.orgで元素検索をかける。これは周期表上の元素を選択すると、その元素を理想化学式に含む鉱物名をすべて洗い出してくれるというスグレものだ。結果は該当なし。ルテチウムを必須成分とする鉱物はいまのところ記載されていない。


ではこの設定には無理があるのか? といえばそうも言えない。

希少元素の場合、それを主成分とする鉱物がそのまま「鉱石」―鉱業的に採掘をして経済的に利用できる鉱物、岩石―となるとは限らないからだ。別の鉱物に「不純物」のかたちで含まれていたとしても、それが経済的に合う程度に集まっていれば、「鉱石」となるのである。
インジウムを例に取ろう。この金属の場合、それを主成分とするインジウム銅鉱や桜井鉱を鉱石としているのではなく、閃亜鉛鉱(本来の成分は、亜鉛と硫黄である)の不純物が主なリソースとされている。
実際、北海道にある豊羽(とよは)鉱山はそれで収益をあげているのだ。インジウムは透明電極などに使われる金属元素。液晶ディスプレイには必須の材料で、銀と同程度の価格で取り引きされている。豊羽鉱山は98年当時で、日本のインジウム使用量の約半分をまかなっており、かつての銀鉱山、亜鉛鉱山は、現在では「世界最大のインジウム鉱山」と呼ばれるに至っている*1しかし、豊羽鉱山の「インジウム鉱石」は「インジウムを主成分として含む鉱物」ではない。

こうした事情は、多くの希土類元素にも共通する。
イッテルビウムディスプロシウム、そしてルテチウムなど、希土類のなかでもとくに希少な元素を主目的に採掘している鉱山というのは、おそらく存在しないだろう。セリウムやランタン(希土類元素のなかで、最も多く存在する)を主成分とするモナザイトなどの鉱物にわずかに含まれるそれが精錬の過程で回収され、資源とされている。
だから、『ブラック・ラグーン』でのルテチウムの場合、豊羽鉱山の含インジウム亜鉛鉱のように、これを不純物として含む特異な希土類鉱物―モナズ石かバストネス石か、そのあたり―を考えることはできる。セリウムやランタンの鉱石として出鉱し、同時にもっと希少で、単価の高い元素の鉱石としても売れる、というモデルである。
ただ、ルテチウムを不純物をして含むような鉱物が濃集する場合、そこには他の希土類元素が伴われることが予想される。だったらそっちでも十分に商売になるのでは? 特権的にルテチウムの名が出てくるのはちょっと難しいのでは? という気も一方でする。もっとも、希土類元素の地球化学的挙動や国際市場での価格動向やベネズエラの地域地質から考えてどうなのか、という厳密な考証は手に余るのでパスしますが(笑)。もとよりそこまで細かいものは物語上、何ら必要ないし。


まあでも、そもそもフィクション作品に端を発した話なので、どうせなら、ルテチウムを主成分とする新鉱物の鉱床が発見された、というふうにホラ話をインフレさせるほうが楽しくていいと思う。だいいち、自然は常に人間の常識を裏切るものじゃないか。

ベネズエラの地質をよく知らないので当てずっぽうで言ってるけど、カーボナタイト・ペグマタイト鉱床で、パリス石のルテチウム置換体とかさあ、なんかそういう感じのがいいかな、いやそれだと希土類鉱物の命名規約で、Parisite-(Lu)とかいうつまんない名前になっちゃうから、もっと突拍子もない組成のがいいか、と。
んで一番いいヤツは単結晶で10センチ超えてて、そのガマから出たのは全部、ウェンデル・ウィルソンが買ってったとか、ペトロフが一個だけ池袋ショウに持ってきたけど、開場前に誰かが前っぱねで買ってっちゃった、あんなサムネイル・サイズのに三万円も出すかよ、とか……そういうコトにしておくのがいいんじゃないかと(笑)。

このへんまで来ると、ネタの分かる人が日本で三人くらいに絞られてきますね。がー君とWタナベ君とあと誰? てなくらい。



<参考リンク>
google検索「ルテチウム 用途」
http://www.google.co.jp/search?q=%83%8B%83e%83%60%83E%83%80%81@%97p%93r&ie=Shift_JIS&oe=Shift_JIS&hl=ja&lr=

mindat.org-The Mineral Database
http://www.mindat.org/

mindat org Search by Elements
http://www.mindat.org/chemsearch.php

世界最大のインジウム鉱床−豊羽鉱山
http://www.aist.go.jp/GSJ/~ohta/toyohaj.htm

google検索「インジウム
http://www.google.co.jp/search?q=%83C%83%93%83W%83E%83%80&ie=Shift_JIS&oe=Shift_JIS&hl=ja&lr=




 

*1:このデンで行くと、現在の日本の主要な地下資源は、金とインジウムということになる。本格的に稼行している金属鉱山が豊羽と鹿児島の菱刈だけだからだ。しかし実際、いま学校の社会の時間では、こういうことは教えられているのだろうか。小中学校の教師が「インジウム」についてきちんと教えられかどうかは、かなり心許ないのだが。