フジイキョウコ『鉱物アソビ』

ぼくらの本、『鉱物コレクション入門』と相前後して、ブルース・インターアクションズからフジイキョウコさん編著になる『鉱物アソビ』が刊行されていました。




「いしあそび」と読ませるようです。副題に「暮らしのなかで愛でる 鉱物の愉しみ方」とあり、帯に「かわいい雑貨を集めるように 四季折々の花を飾るように 暮らしのなかで、石と戯れる。宝石よりも愛おしくなる 美しき、ミネラルワールド」とあるように、きれいで、オシャレな本です。もうひとつ、帯の文句を記しておいたほうがいいですね。「鉱石好き 少年少女に贈る 待望のビジュアル本」です。どちらかといえば、女性に向けた本という趣があります。


ジュンク堂池袋店などでは、こちらの本と並べて棚に面だしにされていたりしますが、ちょうどよいセットになっているような気がします。どちらも、図鑑的に鉱物を紹介するのではなく「楽しみかた」に着目したものです。


フジイさんの『鉱物アソビ』が、本当の初心者(あるいは、さらにその手前のひと)に向けて、たとえば博物館やショップなどの紹介も充実した、手軽で手ごろなガイドとなっているのに対し、ぼくらの『鉱物コレクション入門』は、もう一歩か二歩踏み込んで、「鉱物」とどう向き合い、鑑賞するかのノウハウを記した本になっているからです。写真ひとつとっても、『鉱物アソビ』が、フォトセッションで作りこんだオシャレな物撮り写真なのに対し(じつはそれはそれでちょっと羨ましいのですがw)、こちらは本人もコレクターである高橋君id:kocteauが一点一点をにらみながらその見所、かんどころをいかに表現するか、伝えるかを追求したもの、という対比になっています。


実はこの二冊、企画した編集者は同じ人物なんですね。
築地書館で『鉱物コレクション入門』の企画を立ち上げ、その後、半分くらい進んだところで、ブルース・インターアクションズに移られたのです。
築地書館にいた彼がぼくらに依頼をしたときには、たしかこの『鉱物アソビ』に近いものが考えられていました。
ところが、たとえばぼくらが博物館ガイドを書くとなると、これが大変なことになってしまうわけです。どこの博物館にはどんな見ものが展示されていて、あれは見ておいたほうがいい、といった展示品一点一点に突っ込んだ話になってしまいますから。下手すると、博物館にその標本が入った経緯まで知っていたり、高橋君はかつて鉱物標本店でアルバイトもしていましたから、場合によっては搬入を手伝ったものまである。


すると取材がおそろしく大変になってしまうので、編集者氏が考えておられた「初心者にちょっとお得感を持ってもらえるお役立ちガイド」という線は消えたのでした。となると、もうこれはガチンコで一種の「定本」となるようなコレクション・ガイダンスを書くしかありません。ぼくらも納得がいき、読むひとにも喜んでもらえ、かつ商売にもなるというと、このラインしかない。


そこからの大変さは、おそらく「マニアに入門書を書かすとどうなるか実験」みたいなものだったのではないかと思います。ちょっと待って、ここの記述はまだ裏が取れてないから、もうちょっと調べるとか、こっちの写真はもっといい被写体がたぶん半年先の名古屋ショウで売りに出るはずだから、それまで待ってとか、そんな調子でした(笑)。それから、自分たちにとっては「当たり前」になっている事柄をひとつひとつ、あらためて探り当て、さらに言語化するのは、思いのほか大変でした。いつものぼくの文体とまったく違うのは、そのためです。


さらに、ほんの少しの記述のためでも、いざ事実関係の裏を取るとなると、途端に大変になることも痛感しました。この点に関しては、インターネットの普及にずいぶん助けられた感があります。たとえば、ルーマニアの水晶のキャプションひとつを書くために、カルパティア山脈の熱水変質作用についての論文や、鉱山の歴史について書かれた現地の博物館の解説を参照することができるわけですから。こういった文章を訳しつつ(どっちも英語ですが)、頭のこっち側では「たかが一行二行のためにここまで調べる必要はないよな……?」などと思いながら、でもそこまで詰めないと何か気持ち悪くて、ついやってしまったと言いますか(それでも詰めきれてないところもあり、英名のつづりの間違いなど、ミスも発見されているのですが(汗))


なんだか自分の本の話ばかりになってしまいました。
ぼくから見ると『鉱物アソビ』の軽やかさは、少し眩しくすらあります。あるいは、ちょっとこそばゆい。そういえば、都内の標本店の化石担当者が「伊藤さん、鉱物はいいですよ〜。女の子が買っていきますから。化石はダメっすね。その点、鉱物はいいですよ」と言っていたのを思い出しました。
楽しくて、綺麗な本だと思います。この本で新しく知ったこともありました。岩手県の「賢治と石の博物館」がどういうところか、とか。


話は変わりますが、『鉱物コレクション入門』は著者ふたりがそれぞれ母校の研究室や恩師の先生に献本させていただいるのですが、伊藤の出身研究室のブログで紹介を書いていただきました。ありがとうございます。とても嬉しいです。


「岩鉱徒然草」(名古屋大学理学部)
http://ganko2008.blog.shinobi.jp/Entry/42/