加藤昭先生の講義をききました

昨日(27日)、関東鉱物同好会の講演がありました。講演タイトルは「鉱物の化学組成式の理解と活用」です。
演者である加藤先生は、国立科学博物館元地学部長、現名誉研究員という方です。ずいぶん久しぶりにお会いした格好になりますが、その凛としつつ飄々とした雰囲気は、ご健在でありました。内容のほうは、鉱物の化学組成式をいろいろにばらしたり、組み合わせることによって、複数の鉱物相互の関係を推理、さまざまな仮説を組み立てたうえで、観察事実と照らし合わせるという、たいへん思弁的なもの。たとえば、白雲母の組成式を考えてみます。便宜上フッ素と水酸基水酸基側に寄せ、またアルミニウムの配位数による差異を一旦、無視して組み直すと、3×(H,K)AlSiO4となります(添え字はいまちょっとどういうタグで表現できるかわからんので、このままで失礼。あれ、どうやればいいの?>がー君)
こうして組成式を解体してみると、実は白雲母が珪酸に乏しい鉱物であることが見えてきます。KAlSiO4という理想化学組成をもつ鉱物は、カルシライトであり、カリオフィライトです。これらの鉱物は、長石よりもさらに珪酸に乏しく、日本には産出しません。そこまで珪酸に乏しい火成岩となると、かなり特殊なアルカリ岩になってしまうからです。
 ここで、じゃあその組成に水(水素)がついた形である白雲母はどうかというと、これは石英とごく普通に共生しています。このことを疑問に思うところから、議論がはじまるわけです。
これまで、当たり前に思ってきたこと(この場合は、石英-白雲母の共生)が、少し別の見方を導入することで、まったく当たり前ではなく、あらためて考え直さなければとらえられない、不透明なものに転化する瞬間、それが訪れるわけです。これはとても知的な興奮を呼ぶ。それまで考えるまでもなかったものが、考えなければ分からないものに変わり、さらに次の瞬間、視界がぱあっと開けていくような予感に包まれる、そんな至福のときです。そうした切り口を<不意に>もたらしてくれるのが、加藤先生のすばらしいところだと思います。ジャンルは異なりますが、ひじょうに優れた批評を読み、ある作品や表現に対する評価が一変する瞬間にも似ているようにぼくには思われました。

ぼくはこの日記のなかで、地学系の研究者の方々も、基本的には「先生」という敬称を用いずに登場していただこうと考えていますが、加藤先生はちょっと別格です。それは先生の人となりやキャラクターによるところも大きく、まあ「加藤先生」まで名前、というくらいに身体化しているのだと考えてください。
詳しい途中経過ははしょりますが、先の白雲母をめぐる考察と、次に黒雲母をとらえ、花こう岩ペグマタイトとアプライトの観察と結びつけた議論は、たとえば我々が産地でガマを当てる際にも有効な、たいへんに示唆に富むものでした。隣の席で講義を静聴していたN井H一さんが「アプライトや文象花こう岩にとりまかれたペグマタイト脈のガマからは、ありきたりのものしか出てこない*1といっていましたが、それもたとえば、花こう岩メルトのなかでのフッ素の挙動と、水のそれには微妙な差異があることに起因するのではないかなと思いました。フッ素と水は、ともに揮発性成分として一括されていると思いますし、またこれらの挙動を実証することはかなり困難なのではないかと推察する*2けれども、たとえばトパズ(いうまでもなく主成分にフッ素を持っています)の出てくるガマと、出てこないものはきれいに分かれるといった経験則とは結びついてくるのではないか、などとつらつら考えていた次第です。

*1:訂正:これは全く逆で、「アプライトや文象花こう岩にとりまかれていないペグマタイト脈の〜」が正しいそうです。ペグマタイトのガマ開け経験に乏しいことがバレてしまった。[03/12/05 追記]

*2:たしか、フッ素の定量分析は難しかったと思う