鉱物標本の価値

goito-mineral2004-08-28

マースター石  東京都西多摩郡奥多摩町白丸鉱山
蜜蝋色〜淡黄色の脈。黒色の部分はブラウン鉱、赤煉瓦色〜灰色の部分は曹長石、バリウム長石などからなる母岩。 標本の左右約9cm





マンガン鉱物が続きますが、別にとくにそれが好きというわけではありません。また『滿俺(マンガン)ミッドナイト』というのも、単にマンガ『湾岸ミッドナイト』のもじりなので、それ以上の意味は持っていません。

そうしたこととは別に、お気に入りの一品。


これが「お気に入り」なのは、標本としての「収まり」がよく、しかも産状がよくわかるものになっているからだ。米国のコレクターとキュレーター向け雑誌・ミネラロジカル・レコードの編集長、ウェンデル・ウィルソン氏の言葉を借りれば "unseen aspect" をよく体現している。ブラウン鉱の不規則な小塊、酸化的な環境を示す赤煉瓦色の部分と、還元的な環境を示す灰色の部分の三者がパッチワーク状に混在している。さらにそれを、マースター石など(白色の鉱物が何であるかは未分析であるのでわからない)の脈が縦横に切っている。その向きと交差の角度は、この石にかかった応力を記録しているようだ。画像は露頭での天地と同じ向きに標本を置いて撮っている。しかし、この向きが、海底で堆積したときの上下とは関係がないことはいうまでもない。


このように、地学的な来歴について考えることができるだけでなく、標本としての美的な収まりのよさについても気に入っている。また、そうなるように白丸鉱山の通称「赤壁」で半日かけてこれを剥がしたのだ。


ぼくは非力なので、「らくだ」のタガネを10本以上用意し、まず小タガネで周囲を少しずつ彫り込んで、ようやく角タガネを打ち込むスペースを作り、やっとのことでハンドスペシメンサイズのこれを割り採ったのだ。「白丸の赤壁」を経験したひとなら、これがどれほど大変なことか分かってもらえると思う。微細な曹長石の結晶が組み合ってできた「赤壁」は、そもそも堅牢であって、さらにタガネの先をすぐに磨耗させる。加えて縦横に細かなヒビが入っていて、衝撃が伝わらない。市中に出回っている白丸鉱山の標本が、ことごとく小さなサイズのものであるのは、そうした理由による。


だから、この標本には思い入れがある。実際、これがこの形で採集できたときは、とても嬉しかった。
大袈裟にいえば、美学的な価値と科学的な価値を同時に体現することができた、ようやく自分がそこに達成した、という気持ちになった。しかも9.5cm×6cmのガラス蓋つき角箱にピタっと収まるんだこれが! 「着地もキレイに決まりました!」って感じ。


一方、仮にこれを売りに出したとしても、せいぜい8000円くらいだということも分かっている。もちろん、その金額では到底、手放す気にはなれない。しかし、市場価格が高く見積もってもその程度だということも分かる。つまり、自分のうちで価値づけが二重化されているわけだ。それは自覚されなければならないし、この感覚は、石を市場で売り買いしてはじめて身につくものだと思う。


「鉱物標本は売買すべきではない」という考えが、いかに幼稚で、ひとの知的/美的な達成を妨げるものであるかが、ここで理解されるべきだろう。それは「科学」の美名にも合うことは決してない。

「札束採集は下の下」などという言葉で標本の売買を必要以上に糾弾した故・草下英明氏が、実はかつて自ら石を売っていたことを、多くのひとは知らないだろう。そのような欺瞞も、ここには潜んでいる。