年間ベスト企画、吾妻ひでお

今年も「ダ・ヴィンチ」ほかの「年間ベストマンガ」的な企画にいくつか答えたんだけれど、答えたあとになってから、吾妻ひでお『便利屋みみちゃん』を入れてもよかったかなと思った。
ほかにもあれこれ迷ったものはあって、たとえば、よしながふみ『大奥』は入れたかったんだけれど、宝島社の「このマンガがすごい!」だと今年は「オトコ編」にしか答えていないので、入れることができないし、「ダ・ヴィンチ」だと自分を含めて六人の選者がいて、他の選者のひと、具体的には藤本由香里さんが推すだろうからかぶりは避けようという判断が働いた。
もっとも、多少かぶりがあったほうがいいですよと担当さんには言われていたけれど、それも「多少」であって、もし『大奥』を入れていたら、ぼくだけがあげている作品というのがなくなってしまっていた。『鈴木先生』はOHPの芝田隆広さんと重なっていたし、『げんしけん』は夏目房之介さんと重なっていた。
ちなみに、もうひとつは『デトロイト・メタル・シティ』にしたんだが、これは意外なことにほかの方はあげていなかった。夏目さんが『げんしけん』をあげていたのも意外だったけど。


この手の年間ベスト企画ってのはなかなか難しく、とはいってもあえて難しく考えないようにしてるんだけど、一般に向けて「今年のマンガではこれが広くオススメできますよ」という基準で選んだほうがいいのか、一般的な評価は脇に置いて、とにかく「オレにとってはこれでしたから!」という基準で選んだほうがいいのか、いつもその都度迷うわけだ。どっちかの基準に寄り切ってしまってもだめで、ある程度「一般向け」を意識しつつ、でも「オレ基準」はきちんと前に出すくらいのバランスがちょうどいいのかなと思っている。とはいっても、媒体によっては「オレ基準」を期待されることもあるし、あえてそちらを強調することもある。もちろん、他の選者の顔ぶれを見て、バランスを考える。たぶんぼくにはちょっと変化球が期待されてるんだろうな、とか。


大奥 (第2巻) (JETS COMICS (4302))

大奥 (第2巻) (JETS COMICS (4302))

鈴木先生 (1) (ACTION COMICS)

鈴木先生 (1) (ACTION COMICS)

げんしけん(8) (アフタヌーンKC)

げんしけん(8) (アフタヌーンKC)

デトロイト・メタル・シティ (2) (JETS COMICS (271))

デトロイト・メタル・シティ (2) (JETS COMICS (271))



そんなわけで、『便理屋みみちゃん』は面白く読んだんですが、あいかわらずの「吾妻ひでお」だったのが良かった。ギャグもおかしい。それでいて、ちゃんと「いま」のマンガになっている。あれこれ時事っぽいコネタが入っていたり、なんだかDMCのパロディみたいなのが出てきたりもする。でも、それに無理がなく、とてもいい感じにはまっている。大げさな物言いだけれど、時代が吾妻に追いついた、というくらいは言っちゃっていい気もする。
失踪日記』ばかりが注目されているが(って、刊行後そろそろ二年になるのか)、その作中でも言及されていた、吾妻のいわば「本筋」の仕事もきちんと見られてほしいと思う。そんなことは昔からのファンの方々にはそんなことは言わずもがなかもしれないけれど、『失踪日記』ではじめて吾妻ひでおを知った若い読者(ぼくが確認できたもっとも若い読者は、小学五年生だ)も多いわけで、そういうひとには手にとってほしい。エッチい描写がそれなりにあるので、小学五年には少々早いけどね。精通が来たら読むといいよ。


便利屋みみちゃん 1 (ぶんか社コミックス)

便利屋みみちゃん 1 (ぶんか社コミックス)



とはいえ、吾妻ひでおについてものを書くのは、ちょっと怖い。
怖いというか抑圧を感じる。いま四十代なかばから五十くらいの第一世代オタクのファンの皆さんの抑圧を感じるのです。ちょっとでも彼らの思い入れに反するようなことを言ったら、モノスゴク嫌なことを言われるんじゃないのか、とか。
まーそういう抑圧をやってる限り、吾妻ひでおの存在は若い世代に伝わっていかないでしょう。その意味では『失踪日記』が出たときの大塚英志の書評は最悪だったと思う。別にあんたと同じ屈託を持ってなくたって、面白く読める優れた作品なんだから、余計なものを載っけなさんな、という感じだ。


さて(なんか、いつになくだらだら続きますね)、昨日久しぶりに「まんだらけ」に寄ってこれを買ったら、そこに吾妻ひでおのインタビューが載っていた。1980年刊行のムックです。



たしか「サルまん」でも紹介されていた、ダイナミック・プロ編集による実戦的マンガのかきかたなんだけど、何人かのマンガ家にデビュー当時の話などを訊いている。そこで吾妻は、上京後就職した印刷会社を辞め、板井れんたろうのアシスタントに入るまでの話をしているのだけど、公園のベンチで寝泊りしていた時期があると語っている。

友だちのところを泊まり歩きながら、一コマものや、2〜3ページのものをだいぶかきためていた。
(中略)
住所をたよりに(板井れんたろうの)代官山の仕事場をたずねていったんだけど、その時は留守だった。もどってきてから電話をすると一週間後に、ひばりが丘の自宅で会ってもらえることになったんだけど、なんとかバイトをしながらもたせて会いにいった。その頃になると友だちのところもいづらくなって、高田馬場周辺の公園のベンチで寝たりもしていた。おかげで、その後もしばらくベンチで寝るクセがついて(笑い)……。


吾妻ひでお『ベンチで寝たあの頃のこと。』「なんでもプレイ百科 ワイド版 マンガのかきかた」P.132-33 双葉社 1980 

まあ、若いころから一貫はしていたということなんだろうか。
場所は高田馬場から東小金井に移ってますが。