27日づけのコメント欄がすっかりマンガン鉱物をめぐる会話で埋められてしまったので、概説を試みようと思います。なんだかワケわからないでしょ>多くのひと。


ここでいう「マンガン鉱物」とは、日本各地にある「層状マンガン鉱床」と、そこから産出するマンガン鉱石鉱物と、そこに付随するレアミネラルたちのことです。鉱物趣味の世界では「マンガン鉱物」、ないしは「マンガン」という呼称で呼ばれていますが、構成元素にマンガンを含んでいないものも、便宜上含まれることがあります。もとより、ここでの「鉱物」は趣味の対象であり、コレクタブルなものなので、レアであるか、見た目が美しい、すなわちアトラクティブであるかというのは、大きな前提となっています。
ところが、「マンガン鉱物」の場合、レアさはともかくとして、見た目の美麗さを抜きにしてコレクタブルな価値が語られがちな存在なのです。いや、この言い方は正確ではないでしょう。マンガン鉱山の鉱物、というものには、コレクションという枠からは少し、逸脱した魅力があるようなのです。鉱物採集を趣味とするひとのなかには、少数ではありますが、このマンガン鉱物、そしてマンガン鉱山に強く魅了されたひとがいます。そのかつての雄が、滝沢マン吉こと滝沢浩氏(故人)、そして現役の雄が京都在住の武村先生こと武村道雄氏です。どちらも、各地のマンガン鉱山(跡)を細かく回り、数々の新知見を私たちにもたらしてくれています。
日本には、おそらく1000を超えるマンガン鉱山の跡があります。マンガンという金属元素の利用は、19世紀なかごろ、近代的な製鉄とともにはじまります。ほかの用途が電池や薬品、特殊鋼などであることからも明らかなように、マンガンとは、全き「近代の資源」なのです。当然、日本におけるマンガン鉱業の開発は明治維新以降にのみ行われ、とくに第一次大戦以降、第二次大戦と朝鮮戦争を挟み、昭和42年(1967年)の輸入鉱石自由化までの間、盛んに採掘されていました。しかも、戦略的資源でありながら(U-ボートの蓄電池に用いられたマンガンは、京都・丹波のものだったりします)、財閥など大資本によらず、ほとんどが個人経営の小規模な鉱山であったことは特筆に値するでしょう。
その理由にはさまざまなことが考えられますが、おそらくは個々の鉱床が小規模で連続せず、大規模な鉱山開発が困難であったことが最大の原因だと思われます。地球科学的な理由についてはまた機会をかえて触れますが、日本の多くの「層状マンガン鉱床」を含む主に中生代の堆積岩が、ばらばらになった破片をモザイクのように寄せた構造をなしていることが、その主な要因となっています。いずれにしても、日本のマンガン鉱業は、たとえば農家が農閑期に家族だけで採掘するとか、個人の山師が開発するとかといった形態に支えられてきたのです。そこには、朝鮮半島から来たひとたちや、被差別部落のひとたちも少なからずかかわっていました。マンガン鉱山に関する資料を見ていくと、むしろ無味乾燥な地学的な資料のはずが、そうした人々の生々しい生活の匂いのようなものをうかがわせます。たとえば、マンガン鉱石の名称。「あずき」「あずき炭マン」「キミマン」「テツ」「バラキ」「栗炭」……など。それから、九州大学教授であった吉村豊文氏の著書『日本のマンガン鉱床』に記された鉱床をめぐる単語群。「花魁型鉱床」「沸き上がり型鉱床」「プロペラ型鉱床」「御通り筋」「けむり」……。これらの術語も、鉱山で働く人々の言語感覚に研究者が引っ張られた結果ではないかと考えています。テクニカルタームとしては、なんと柔らかで粋な命名であることか。
早計な印象は慎むべきでしょうが、そこからは何かユーモラスなものさえ感じられます。そして、それが個人経営であり、海千山千の山師たちの活躍もときにはあり、時は移り、里山は開発され、現在ではマンガン鉱山の全容を把握することは、すでに不可能となっています。京都などでは、市街地のすぐ近く、たとえば立命館大学の近傍、北区衣笠にも「北山鉱山」というマンガン鉱山がありました。武村道雄氏の『滿俺放浪記1〜50』*1(財団法人 益富地学会館・2003)には、著者がそうした鉱山跡をめぐり、試料を採取し、分析し、標本を作っていくさまが克明に記録されています。主に丹波地域の鉱山跡を対象にした本書は、郷土史についての本としても読めるのですが、それ以上に、黒や茶色や薄ピンクの塊で、きらきら光る結晶もなければ、派手な色彩もない、地味なだけでなく同定も困難な「マンガン鉱物」の魅力に惹かれた一人のひとの営為が余すことなくつづられているのです。その「魅力」については、また次の日記で触れることにしましょう。

*1:「滿」の字は旧字。昔は「マンガン」を「滿俺」と書いた。購入そのほかについては、ここ→http://www.masutomi.or.jp/bookstore.html を参照のこと。